アラフォー男子の探検日誌

冒険、なぞ解き、探究に憧れながら、キャンプにさえ行かないインドア派。ぐうたらアラフォー男子のほとんど空想的探検日誌

わび、さび(侘、寂)

わび、さび(侘、寂)という世界観があります。
わび、さび(侘、寂)とは、日本における美意識のひとつですが、今では海外でも"Wabi-sabi"という言葉が広まりつつあります。

日本に長く暮していれば、わび、さび(侘、寂)という言葉を一度は聞いたことがあると思いますが、そもそも、わび、さび(侘、寂)とは、どういった美意識なのでしょうか。


わび、さび(侘、寂)とは、一般的には、質素で沈静なもの。と解釈されます。
もともと、わび(侘)と、さび(寂)は別の概念ではあるものの、現代ではセットで語られることが多くなっていますが、以下にわびとさびを分けて考えてみます。


まず、わび(侘、侘び)とは、「貧粗・不足のなかに心の充足をみいだそうとする意識」をいい、動詞「わぶ」の名詞形であるといわれます。
「わぶ」には、「気落ちする」「迷惑がる」「心細く思う」「おちぶれた生活を送る」「閑寂を楽しむ」「困って嘆願する」「あやまる」「・・・しあぐむ」といった意味がありますが、わびしい(侘しい)という言葉は今でも使われるのではないでしょうか。

もともとの意味は、いとうべき心身の状態を示す言葉でしたが、時が下るにつれ、その不足の中にこそ美に繋がる何かがあるという意識が芽生え、茶の湯とともに発達してきた美意識だといわれます。

英語では"(Acceptance of) imperfect"という表現がわび(侘び)を言い表す単語としてよく使われますが、
日本では古来からある「完璧なものが決して良い訳ではない」という信仰が影響しています。

建築の世界の話ですが、日光東照宮の陽明門には逆柱(さかばしら)という、柱の中の1本だけ、彫刻の模様が逆向きになっている柱があります。
これは誤って逆向きにしたわけではなく、「建物は完成と同時に崩壊が始まる」という伝承を逆手にとり、わざと柱を未完成の状態にすることで災いをさけるという意味と、
建物を全て完璧に完成させるといずれ崩壊するという言い伝えから、
一箇所だけわざと完璧にせず、崩壊を防ぐという意味があったと考えられています。
その様な背景から、この柱は「魔除けの逆柱」と呼ばれています。
この他にも、鎌倉時代の「徒然草」には、完全なものは決して良くはない、それで内裏を造る時も、必ず1か所は造り残すといわれ、また、江戸時代には、家を建てる時「瓦三枚残す」といわれたそうです。
つまり、完璧なものには魔がさすというということでしょう。

わび(侘)とは、このように日本古来のものの見方に大きく影響を受けた美意識だということができます。

 

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続いて、寂(さび、寂び、然びとも)は、「閑寂さのなかに、奥深いものや豊かなものがおのずと感じられる美しさ」を言い、動詞「さぶ」の名詞形であるといわれます。
本来は時間の経過によって劣化した様子を意味しており、漢字の「寂」があてられ、転じて「寂れる」というように人がいなくなって静かな状態も表すようになったといわれますが、一方で、
さびの本来の意味である「内部的本質」が「外部へと滲み出てくる」ことを表す為に「然」の字を用いるべきだとする説もあります。
例えば苔がはえて如何にも時代を感じる瓦や、古く時代が経ったような、いぶし銀の色合いなど、そのものに時間の流れを感じる状態のものを表現した言葉といえます。

「さび」とは、老いて枯れたものと、豊かで華麗なものという、相反する要素が一つの世界のなかで互いに引き合い、作用しあってその世界を活性化する。そのように活性化されて、動いてやまない心の働きから生ずる、二重構造体の美とも説明されます。

英語では、"(Acceptance of) Transience"といい、うつろいゆく時の流れを意識した言葉が使われます。

その意味からは、イギリスなどの骨董(アンティーク)とは、異なる点もあるものの、共通する面もあるといえ、
寂はより自然そのものの作用に重点がある一方で、西洋の骨董では歴史面に重点があると考えられています。

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