アラフォー男子の探検日誌

冒険、なぞ解き、探究に憧れながら、キャンプにさえ行かないインドア派。ぐうたらアラフォー男子のほとんど空想的探検日誌

貝塚 パート2

昨日の「貝塚はゴミ捨て場ならぬ貝のお墓」について、縄文時代における共生と循環の文化が貝塚を生み出したと記載しましたが、腑に落ちないことがひとつあります。

それは、貝塚が世界中のいたるところで発見されていること。

共生と循環の文化は、日本の縄文時代だけにあった訳ではなく、人類進化の過程において一過性とはいえ必ず一度は存在したものだったのでしょうか。

ひとつ考えられるのは、トバ事変の気候変動によって劇的な寒冷化がおよそ6000年間続き、総人口が1万人にまで激減したといわれていますが、その折、人類を生き長らえさせたのは、貝をはじめとする海産資源だったのではないかということです。

貝の存在がなければ、生き長らえることはできなかった。事実、1万人しか残らなかったとすれば、いつ絶滅してもおかしくはない状態だったといえます。

だから貝は生き残った人類にとって特別なものであり、

大切に扱う必要があったのではないか。

 もしかすると、ある種の信仰的な意味もあったのかもしれません。

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現在考えられている人類のアフリカから拡散するストーリは以下のとおり:


120,000年前:解剖学的に現代人と言えるホモ・サピエンスがアフリカで生まれる。
300,000年前:人類の人口が推計100万人に達する。
300,000年前から30,000年前:ネアンデルタール人のムスティエ文化がヨーロッパで発生。
75,000年前:トバ火山大噴火(トバ・カタストロフ理論)
70,000年前から50,000年前:ホモ・サピエンスがアフリカからアジアに拡がる。
次の1000年間に、この人類の子孫に当たる集団の居住域は南インド、マレー諸島、オーストラリア、日本、中国、シベリア、アラスカそして北アメリカ北西部まで広がった。